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 ひたすらに白い、世界。
 真っ白で、静かで、全てのものが眠りについているような、音のない世界。
 ただ空から舞い降りる結晶だけが、この世界が動いているということを認識させている。
 そんな世界に、別の動きがあった。
 吹雪に揺れるマントの合間から覗く茶色の髪。それは、光を当てれば赤にも見える鮮やかな色だ。そして、空よりも蒼く濃い、深海の色をした瞳が、一点を注視した。
 白い世界に溶け込むような純白の外壁。門から玄関までの距離は長く、その間に広がる庭園に緑はない。ただ、白に覆い尽くされた、白だけの空間。
 まるで穢れを許さないとでも言うようなその場所に、青年は色をつけていく。ギシギシと雪を踏むと、足跡が刻まれる。少しだけ汚れた色をつけたそこに、すぐにそれを覆うように舞い降りる雪が重なった。
 結局白は白のまま、他の色を拒絶して、世界を覆いつくしていく。
「淋しい世界、だな」
 彼の声も、雪に吸収されて殆ど聞こえない。他の音もまた、然り。
 やっとの思いで玄関までたどり着くと、青年はチャイムも鳴らさずノックもせずに、まるで我が家に帰って来た家の主のような振る舞いで中に入った。
 その先に待つのは、光を忘れた薄暗い空間であることを知りながら。




 パチパチと薪が割れる音だけが響く空間で。
 ぼんやりと考え事をしていたその人物は、途端に感じた侵入者の気配に顔色を変えた。それは、招かざる客。しかし、よく知った気配を持つ来訪者。
 訪れた者が誰かを悟ると、自室を出てその人はただでさえ寒い屋敷を、さらにひいやりとさせるような荒れた雰囲気を纏って、廊下を駆け抜け険しい表情を浮かべたまま、一つの部屋の扉を勢いよく開け放つ。
 明かりを灯すことのない薄暗い廊下から部屋に入った瞬間、目に飛び込んだ灯に少しだけ目を細め、しかしすぐに目の前にいる人物を見つけて睨みを利かせる。
「そう怖い顔をするなよ」
 部屋の中で待ちくたびれていた青年は、現れた人物に苦笑しながら零した。寛ぐようにかけていたソファからゆっくりと立ち上がり、正面に移動する。
「なぜ貴様がここにいる。ディオール」
 ディオールと呼ばれた青年は、目の前の人物を見下ろし、苦笑をやめて表情を殺した。それは、どうにも感情の読めない雰囲気と、表情。
「久しぶりだね、ヴィオラ」
 殺気を纏う人物の名を、ディオールは感情のこもらない口調で紡いだ。
 髪は美しい銀の色。瞳の色は、怒りに燃えるルビーのような紅。精悍な顔立ち。切れ長の目がきつい印象を与え、その通り言うことも直球だ。
「答えになっていない。なぜここへきた」
 せっつくように、ヴィオラは厳しい口調で言い放つ。そんないつもどおりの態度に、青年は肩をすくめた。
「なかなか、そういう態度は傷つくんだけどね。君に逢いに、では答えにならない?」
「貴様がそんな理由でここへ来るとは思えない」
「そうかな? 僕は結構当てのない旅って嫌いじゃないよ」
 からかうように、おどける様に、ディオールはなかなか本音を語ろうとはしなかった。それは今の状況を楽しんでいるようにも見える。
「ならばドールはどうした? いつも大事に傍においているお姫様がいないじゃないか?」
 嘲笑うような言葉に、ディオールは一瞬怒気を放った。しかし、すぐにそれを消し、微笑む。
「君こそ、『彼』は元気?」
 それは、二人にとっての売り言葉に買い言葉だった。全く悪気のない顔で、ディオールはヴィオラの一番触れられたくない所を突く。
「今は何人目なのかな? 君の弟君は」
「ッ! 貴様……っ!!」
 途端、頭に血が上ったヴィオラは、口と同時に手も出ていた。彼の胸倉を思い切り掴み、勢いよく壁に押し付ける。それは今にも噛み付かれそうな形相だった。
「見つからないんだろう?」
 しかしディオールは、全く気にとめた様子もなく、淡々と言葉を紡ぐ。その問いに、ヴィオラの動きが、止まった。それは、肯定の証。
 彼はその答えに冷笑を浮かべる。
「教えてやろうか? その方法ってやつを」
「何……?」
「その方法を知っている人間を知っている。君も存在だけは知っているだろう? 東のドーマ、凪・リラーゼ」
「あい、つが? 知っているのか!?」
「あぁ、知っている。君は力を使って、それを聞き出せばいい。だからおいで、東の大陸へ」
 ヴィオラの髪を梳き、その毛先にキスを贈る。じっと見つめるその蒼の瞳が、鋭い光を帯びてヴィオラを射抜く。普通の女性であれば、その熱い視線に心奪われていたことだろう。けれど、ヴィオラは違う。
 その視線を受け止め、何かを読み取ろうとしている。しばし見詰め合い、やがてディオールが微笑んだ。
「どうする?」
「決まっている」
 ディオールの態度、その瞳から、言っていることが出鱈目でないことを確認し、フイと視線を外して青年から離れた。
「なら、僕は先に行って待っているよ。君は自分の力でおいで」
「誰が貴様の力など借りるか。始からそのつもりだ」
 ルビーのような紅い瞳が怒りを灯し、侮蔑を含んだその眼差しをディオールに向ける。その視線を受け止めながら、しかし彼は微笑むだけだった。
「付き合いきれん。用が済んだならさっさと帰れ。目障りだ」
 吐き捨て、そのまま部屋を出て行くヴィオラを見送り、彼は小さく息を吐き出す。
「そうするよ。僕も、ここはあまり好きじゃない」
 零し、微笑を浮かべたまま扉の向こうを見透かすように見つめ、誰に告げるでもなく呟いた。
「でも……もうこれしか、方法がないんだよ」
 いつだって穏やかな彼の瞳には、それがない。この屋敷に入る前から、いや、それ以前から、彼の瞳に灯るのは、非情という名の決意だけだったのだから……





 時が、満ちる
 刻々と、音を軋ませて



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