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 廊下を歩いていた青年は、ふと視線に気づいて面を上げた。
 一体誰が、と辺りを伺い、窓の外にいたそれに気づいて軽く驚く。
「お前……」
 存在に気づいてもらえたことに喜んだのか、それは一度高く声を上げると、その場から青年の方へ向かって飛んだ。




 両手で数十冊の本を抱え、書庫からの帰り道、廊下を歩いていた時だった。
 廊下の途中で立ち尽くしている戎夜とバッタリ出くわして、冴は咄嗟にあいさつをする為に頭を下げた。と同時に、積み上げていた本数冊がバタバタとそれに習うように床に散らばる。
「あ……」
 声は出るが咄嗟に動けず、重力に従う本たちを困ったような表情で見届けることしかできなかった。手の上から離れていった本たちが全て落ちるのを待って、冴は慌てて拾い始める。
「大丈夫か?」
 散らばった本を数冊拾い上げ、冴に差し出しながら戎夜が苦笑を浮かべていた。
「あ、ありがとう」
「随分と大量だな」
「凪は、すぐに読んでしまうから」
 凪のために何度も書庫へ足を運ぶのは構わないのだが、一冊二冊では、凪の場合一時間も持たない。彼が一冊本を読み終えるのには一人で食事をとるくらいの時間が在ればいい。
 故に、数冊ではダメなのだ。
「半分持とう。どうせ同じ方向だ」
 戎夜が使っている部屋と、凪の部屋は今いる場所から同じ方向に在る。冴は素直に彼の申し出を受けることにした。
「ありがとう」
「構わない」
 ひょいと彼女が持っていた半分以上の本を抱え、それでやっと視界が広がった冴は、戎夜の肩にとまっているものに気がついた。珍しいものを見たときのように目を見開き、それから可愛いものを愛でる時のように頬を染める。
「戎夜さん、その子……っ」
「その子? ああ、これか」
 冴が指し示すものに気づき、それを肩から指の上に乗せると、そのまま彼女の前に差し出す。
 間近に迫った、一羽の小鳥。美しい純白の翼を広げ、二、三回バタつかせると、すぐに人がお辞儀をするようにペコリと首を垂れた。
 その仕草に、冴は声にならない歓声を上げる。目を輝かせ、食い入るように見つめた。
「珍しいか?」
「え? あ、はい……もう、ここ最近では全く見なくなりましたから。触っても?」
 恐る恐る手を出そうとする少女に、戎夜は微笑ましいものでも見るように少しだけ表情を緩め、しかしすぐに難しい顔を浮かべた。
「いや、あまり触らない方がッ―――――」
「……ふわふわ」
 答えを待たずに手を伸ばす冴を止めようと咄嗟に言葉を荒げるが、触れた手を払いのけることもなく静かに頭を撫でられているその光景を目の当たりにして、戎夜は言葉を失った。
 そんな彼を余所に、見た目よりも触り心地のいい羽毛に冴は一人感動する。しばらく撫でていると、小首を傾げるように冴の手から身をよじって離れ、小鳥はひょいひょいと腕を伝って冴の肩にちょこんととまった。
「わっ、わ」
 突然のことに驚いた冴は、軽く動揺しながら、それでもどこか嬉しそうだった。
「珍しいこともあるものだな……それはオルビスが飼っている伝鳥だ。普段は放し飼いにしているんだが、まさかこんな所までついてきているとは思わなかった」
「伝鳥?」
「ああ。いくら馴れ合いを嫌う者同士でも、それなりに連絡は取りあう。その時に手紙などを運ばせるのがコレの役目だ」
 ゆっくりと歩き出した戎夜の後を追いながら、冴は肩を意識して歩く。
 彼の説明を聞いて、妙に納得する。
「といっても、飼っているのはオルビスと南のドーマくらいだが」
 もしかして凪も、と思った矢先にタイミングよく釘を刺され、少しだけがっかりする。けれど、凪が鳥を飼っている姿も想像できない。飼っていないといわれた方が、素直に頷けるのもなんだか複雑な話ではあるのだが。
「しかし……」
 横に並んだ冴を見下ろし、戎夜は複雑そうな、けれどどこか納得というような形容しがたい表情を浮かべている。冴はそんな彼の視線に気づき、面を上げて首を傾げた。
「よく懐いているな」
「え?」
「それは少々癖が強くてな。オルビスと俺以外、人に懐こうとしない」
「そう、なんですか」
 別に冴が何をしたわけではないが、小鳥は冴の頬を何度もそのさわり心地の良い羽毛で撫でる。とても居心地がよさそうだ。
 昔からそうだった。稀にいる動物は、冴が手招きすると勝手に寄ってきた。動物には苦労せずに懐かれる体質なのだろう。彼女にはその辺の自覚はほとんどないのだが。
「相当気に入られたようだな。よければしばらく相手をしてやってくれ」
 部屋の前について、戎夜が自分のほうへ戻るように指示をしても無反応を決め込んだ小鳥に苦笑し、仕方なく冴に世話を任せる羽目になった。もちろん彼女は快く承諾する。
「中まで運ばなくていいのか?」
「はい。ここまでで大丈夫です。本当にありがとう」
 やんわりと断られた戎夜は、部屋の扉を少しだけ開けて荷物を冴に渡すと、そのまま踵を返した。
 冴はしばらくそれを見送ってから、部屋の中に入る。そのまま真っ直ぐ部屋の中央寄りにある天蓋付きベッドまで近づき、重たい書物を床にゆっくりと置く。
「……遅い」
 随分と時間をかけて戻ってきた少女を見るなり、開口一番文句を叩き付けた青年は、上体だけを起こし、ベッドに横になっていた。
「ごめんなさい。途中で戎夜さんに会って……」
 戎夜の名が出た途端、一層表情が険しくなった。そんな彼の僅かな変化に首を傾げながら、冴は持ってきた本の中の一冊を凪に差し出す。
 それを受け取りながら、冴の肩を当たり前のように陣取っている小鳥に気づく。
「何だ、それは」
「……小鳥」
 それは見れば分かる、というような表情を浮かべ、凪は柳眉を寄せた。質問の意味を履き違えている少女にこれ以上食い下がるべきなのか否かを少し考え、面倒になって結局やめた。
「凪は、知ってるの? 伝鳥」
「ああ」
 鳥にもそれを連れて来た冴にも興味がなくなり、凪は受け取った本を開いた。数ページ読んでから、少女の問いに適当に相槌を打つ。
「凪も、飼っていたことがあるの?」
「ない」
「鳥は、嫌い?」

―――――鳥になりたいの

 冴の問いと、蘇る台詞。凪は動きを止めた。
 重なる声。
 重なる姿。
「……嫌いではない」
「本当に? 私も、好き」
 嫌いではない=好きという方程式が彼女の中では出来上がっているらしい。
 嬉しそうに笑う冴の笑顔が、あの日と重なる。凪は眩しいものでも見るように、静かに目を細めた。
「しばらく、この子の面倒を見ては、駄目?」
 期待に満ちた眼差しを向けられる。少しだけこわばった表情。
「……好きにしろ」
 特に嫌そうな顔もせず、凪は少しだけ間をおいてから静かに答えた。そして再び読書に戻ろうとページに手をかけた時、小鳥が小さく鳴いた。
 鈴を転がしたような鳴き声に、冴だけでなく凪も視線を向けていた。

 それはまるで、よろしくとでも言っているように



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