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 雪が舞う。
 シンと静まり返った世界。泣いているような雪の降る音だけが、耳に残る。
 どこまで歩いても、終わりが見えない。
 真白な世界は、全てを覆い尽くしていく。
 そこが始まりなのか終わりなのかもわからぬまま。少女は景色の変わらない世界で、静かに息を吐き出した。
 あかぎれてひび割れた掌を見つめ、軽く走る痛みに、けれど顔色一つ変えずにそれを握りこむ。
 それから口惜しそうに表情を歪め、瞳を閉じた。
 このまま倒れれば、或いは終われるだろうか。
 そんなありもしない幻想を抱くまでに、彼女の思考は麻痺していく。
 最早その心は、寒いとも冷たいとも感じはしない。
 在るのはただの虚無。
 そんな人間らしい感情など、とうの昔に手放した。置いて来た。
 大切な者を失ったあの日から。
「ケイト……」
 なんでもしてきた。取り戻す為には、どんなことでもしてきたその身に、もはや月並みな人の情というものはない。唯一つの目的の為だけに、少女はどんな悪にも手を染める。そしてそれを後悔することも、ありはしない。
「お前の為なら、どんなことでもできるのに。人ですら、捨てられる」
 瞼を上げれば、変わらぬ白が視界を染める。
 音のない世界。
 全てを忘れた世界。
 物悲しい世界だけが広がって、まるで彼女一人が置いていかれたみたい。
 白銀の世界に一人ぼっち。
 あまりに何もなさ過ぎて、自分がここに存在しているのかすらも分からなくなるくらいに。
 進んでいるのか、それとも後退しているのかさえ、この変わらない景色の中では確かめる術がない。
「それなのに、どうして……」
 吹雪が強くなる。
 寒さが増し、少女の体温を奪っていく。
 意識が遠のく感覚がその身を巡り、やがて彼女は雪の上に倒れこんだ。
 眠りたい……
 凍えた身体と思考では、まともに考えられるはずもない。ただただ、眠りたいという欲望しか浮かばず、少女はまるで現実を投げ出すように瞳を閉じた。
「……」
 しばらく時間を空けて、さくさくと雪を踏む音が吹雪に混じって聞こえた。本当に微かな足音。
 姿を見せたのは、幼い少年。
 その瞳に正気はなく、無表情。この雪にも負けないくらいの冷たい瞳に、一見して人間らしくない雰囲気を纏っている。
 少年は倒れている少女を認め、一瞬ビクリと身体を震わせた。しかしすぐにその震えを消し、慌てた様子もなくその身体を抱き起こす。
 どう考えても抱きかかえられないだろう年齢差と体格差を全く無視して、少年は少女を軽々と抱きかかえた。
 よろめく様子もなく、彼はさくさくと足音を立てて再び歩き始める。
 腕の中に居る少女は、当分眼を覚ますことはないだろう。その間に、少しでも前に進まなくてはならない。
 それが、彼女が望んだことだから。
 それが、自分に課せられたことだから。
 少年はただ、自分に与えられた役割を全うするだけ。
 そこに、意思などない。
 彼には、意思だけでなく、言葉や感覚さえも与えられなかった。ただ、生かされているだけ。縛り付けられているだけ。
 身動きのとれない魂は、悲鳴を上げ、軋み、壊れていく。
 感情などないはずなのに、意思などないはずなのに、少年が纏う空気は、どこか酷く哀しみを帯びていた。
 足場の悪い雪道の途中、少年はふと足を止める。
 吹雪がやんだ。
 しんっと、耳の奥が痛くなるような静寂が訪れる。
 生きているのか、死んでいるのかさえ分からない世界の最中。
 真白な世界が、決して美しいだけではないことを、この腕の中に居る少女は知っている。それは、この幼い少年でさえ、理解していることだった。
 どす黒く汚い部分を、ただ白で多い尽くしているだけのこと。白は全ての色に溶けてしまうから、いずれ、隠した醜い部分が浮かんでくるだろう。
 白は白のままではいられない。
 美しく、真白なままではいられないのだ。
 世界も、人も。

 滲み出るのを、止められない。



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