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「……」
 部屋の中に響くのは、時計が時を刻む音だけ。
 恒例になりつつあるお茶会の最中、お世辞にも楽しいといえる雰囲気ではない状況下に、冴は不安を通り越して心配になってきた。
 珍しく本を読むわけでもなく、しかし話しをするわけでもなく、凪がソファに腰を落している。その反対側には、やはり無言のオルビス。
 お互い会話をするわけでもなく、しかし常に同じ空間に居る。様子を伺うに、決して険悪な雰囲気ではないものの、どことなく二人とも沈んでいるように見えた。
 凪が無言なのはいつものことだが、オルビスまでもだんまりを決め込んでいるのが冴にはどうも落ち着かない。
 体調が優れないのだろうか。或いは何か思いつめるようなことがあったのか。
 何にせよ、普通ではない二人の様子に少女は居てもたってもいられなくなり、立ち上がる。
「……冴?」
 それでようやく、オルビスが口を開いた。不思議そうに少女を見上げる。
「私、何か作ってくる」
 甘いものでも食べれば、少しは気も紛れるかもしれない。冴は短く返し、沈んだ様子の二人を置いて食堂へ向かった。
 まずは材料を見てから、あるもので作れるものを考えよう。冴は頭の中で色々と考えをめぐらせながら、食堂の奥にある食料庫へ足を向けた。
 薄闇の中、籠の中に分けられた野菜や果物が見える。
「どうしよう……」
 食料庫にあるストックを一つ一つ確かめた後、小さな溜息が漏れた。
 野菜のストックはまだ十分にあったのだが、果物の方は殆どない。まだりんごが残っていたと思っていたが、どうやら使い切っていたらしい。アップルパイでも作ろうと思っていた彼女には痛手だった。
 しかもこれらの食材はどうやらディオールが調達しているということが先日発覚した。
 気がつけば新鮮な食材が定期的に補充されているわけだが、次を待つにしても、エレウスに帰っているディオールがいつ戻ってくるのか分からない上に、確証もない。
 当てにならないものを待つよりは、自分で調達する方が確実ではあった。
「……調達、すればいいんだ」
 そこでふと、思いつく。ここで待っている必要はない。必要ならば自分で揃えればいいのだ。
 ディオールから、エレウスに帰る間際、少しのお金をもらっていたのを思い出す。小額だといってはいたが、あれだけあれば今の和で買えない物はない。
 冴は思いついた名案を即座に実行に移した。そう、何の迷いもなく。
 部屋に置いておいたお金を取りに行き、身支度を整えて部屋を出る。
 その際に、一言凪に告げるべきか迷って、最終的には黙っていくことにした。市場へはディオールたちと一度行ったことがあるし、道も覚えている。
 行ってすぐに帰ってくればそんなに時間もかからないだろう。
 わざわざ告げる必要もないと判断した結果だった。
 冴はお金の入った小袋を大事に握り締め、屋敷を出る。相変わらず外から見ると聳え立つという表現がピッタリな屋敷が視界を占領した。
 照りつける太陽の光が眩しく、僅かに目を細め、冴は市場を目指した。




 冴が出て行ってからしばらくして、それまで身動きすら殆どしなかった凪がテーブルに手をつき、勢いよく立ち上がった。
 ガタンッと鳴り響いた音にオルビスが目を丸くして振り返る。
「な、なに? どうしたの」
 明らかに様子がおかしい凪に、少なからず動揺する。
「……ない」
「え?」
「気配が薄くなった」
 先ほどまではすぐ近くに感じられた冴の気配が、突然把握し辛くなった。
 ドーマとドールは繋がっている。ある程度距離が離れていても、ドーマはドールの気配を大体把握できる。だがそれができるのは、一定の距離内だけだ。
 その一定の距離より長時間はなれると、ドールの意識は不安定になる。先ほどから、気配が強くなったり、弱くなったり、安定しない。
「まさかっ……外に出た!?」
 凪の言葉にオルビスが徐に焦りを見せた。
 今この和で、冴のような身なりの整った少女が一人で出歩けば、格好の餌食にしかならない。
「っ……!」
 オルビスの予測に、凪は奥歯を噛み締めその場を蹴った。壊す勢いで扉を開け放ち、そのまま走り抜ける。
「ちょ……どこへ行く気!?」
 オルビスが呼び止めるが、その声は届かない。既に凪は廊下を走りぬけ、玄関の外へ姿を消していた。
 照りつける日の光が、眩しい。
 凪は久々に日光を浴びた気がしたが、そんなことを悠長に考えている暇はなかった。とにかく探し出さなければいけない。
 一定距離内にはいれば、大体の居場所は分かる。微弱ではあるが、まだ気配は感じ取れる範囲にいるらしい。
 この気配をたどっていけば冴に追いつける。
「何をこんなに焦っている……?」
 そう、追いつける。  追いつけるのに、冴の気配が薄らいだ瞬間から、身体の奥底から這い上がってくるような不安がある。それは恐怖にも似た焦燥。
 居場所が分からなくなったわけではないのに。
 見つけ出せる確証があるのに。
 凪は焦っていた。
 何故こんなにも不安なのかわからない。不安だけではなく、苛立ちもある。恐怖や怒り……色んな感情が駆け巡る。
 自分に黙って出て行ったことへの怒り。
 手元にいない不安。
 鳥かごに入れていた鳥が逃げてしまったような、空虚感。そこからくる苛立ち。
 また失うのではないかという、恐怖。
「……いっそ、羽を折ってしまおうか」
 もう、失うわけにはいかない。
 そのためだったら、凪は何でもする。例えば足を折ってでも、冴を手元に置いておく方法をとるだろう。
 屋敷の中を自由に動き回ることは許したが、屋敷の外に出ることを許した覚えはない。
 凪の手から逃げることなどできない。そんな考えすら、許されない。
 塞がった傷が、ズキリと疼く。
 傷口を服の上から抑え、深く息を吸い、凪は走る速度を上げた。



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