V それは長く、そして決して明るい話ではなかった。 全てを語り終えた青年は、小さく息を吐き出してしばらく沈黙を守った。 少女の肩が小刻みに震えている。見ていられないほど。 「僕は、皆を裏切っている」 耐えきれなかった。静まり返った世界に、自分で、その震える声で終止符を打った。 途端に、少女が荒い声を上げる。 「どうしてこんなことに……っ!」 珍しく一方的に攻め立てるような口調だった。少女も当りどころを探している―――――誰かに当たらなければ、湧き上がる怒りを抑えきれなくて…… 「あの子は幸せになるのよ。こんなことに利用されるために生まれてきたのじゃないわ! そうでしょう!?」 全てをぶつけるように、ロコは叫んだ。 「初めから全部仕組まれていたなんて! 冴は凪・リラーゼのことを……っ! どうして……こんなの、あんまりだわ」 「咄嗟だったとはいえ、僕は手を出すべきじゃなかった。今となっては、それしか言えない。凪を狂わせたのは、僕だ」 結果的には、凪だけではなく、冴の人生をも狂わせた。 何の非もない、あの少女の全てを、ディオールは踏みにじったのだ。 「違うわ、待って。ワタクシも動揺していて、どう言葉を掛けていいか分からないの。でも、貴方だけが責任を負うのはおかしいわ。そもそも、ディオがしたことが間違いかどうかも分からないもの。少し落ち着きましょう」 口調を抑えながら言い聞かせるように話す少女の表情は、しかし暗い。 自分の預かり知らないところで、歯車はすでに回っていた。それも、止める時間すら与えられずに。 告げられた事実は、容赦なく少女の臓腑を抉っていく。 「それに、今は誰が悪いだの誰の責任だのを追及している時ではないわ。凪・リラーゼを止める方法を考えるのが先よ」 希望を捨ててはいけない。奇跡を諦めてはいけない。 考えろ。何かきっと、方法があるはずだ。 「あの子が、冴が、殺されるために生まれてきただなんて、ワタクシは絶対に認めない。そんなこと、させませんわ」 初めてできた″友達″だった。大好きで、とても大切な…… その大切な人一人守れなくて、大切だと想う資格はない。 だって約束したのだ。あの時、すぐに戻ってくると。また会えると。 そして、凪・リラーゼを信じると。 そうやって、冴を励まして出てきたのに。 少女は唇をかみしめる。何一つ守れずに、このまま黙ってみていることしかできないなんて、そんなのは絶対に嫌だ。 「すぐに戻りましょう! ディオ。何としてでも、凪・リラーゼをとめるのよ!」 ランプの明かりだけが、揺らめいていた。 音もなく、二人とも動かない。 「殺す……?」 戎夜の声が、震えていた。その言葉を消化できずに、持て余す。 「正確には『犠牲』にする、かな」 しっくりこない単語に眉をしかめながら、言いかえる。 けれど目の前の青年には、どちらでも同じだった。 「何のために!」 食ってかかるように、戎夜は怒りをぶつけた。 理解などできない。理由を聞いたところで、それをはいそうですかと受け入れることはできない。それでも、聞かずにはいられなかった。 「取り戻したいものがあるんでしょ。それが誰なのかは知らない。知りたくもないよ」 吐き捨てるように、オルビスは零した。 『冴』という存在を犠牲にしてまで、蘇らせたい『誰か』 凪にとって特別であり、唯一の存在である人物。それが誰なのかは、二人の知るところではない。けれど、誰かも分からない人物より、二人にとっては冴の方が大事だ。 「……ねぇ、戎夜。どうして僕達のような異端者が生まれてきたか、考えたことある?」 怒りを隠そうともしない戎夜に、オルビスは落ち着いた声で問いかけた。違う話題に乗る気分ではなかったが、少年の目が答えろと告げている。 戎夜は軽く頭を振った。予想通りの反応に、オルビスの唇が皮肉気に上がる。 「禁忌、って言葉は知ってるよね? してはいけないこと。触れてはいけないこと」 「ああ」 「だけど、人間っていうのは、そういう禁忌に触れたがる。自ら業を得ようとする。馬鹿な生物さ」 皮肉めいた笑みが、消えた。 「そういった業が重なって、重なって重なって、僕たちが生まれた。僕たちは人間の業が作り出した異物。なれの果て」 俯いた少年の表情は見えない。けれど、声は上ずっていた。 「そんな業の塊であるドーマが、禁忌を犯そうとしている。どう思う? 馬鹿としか言いようがないよ。どうして、これ以上業を深めるようなことをするんだよッ」 遠い昔に誰かが犯した罪。 その罪がまた更なる罪を作る。 「僕達のような存在を、これ以上増やしてはいけない。そうでしょ?」 誰だって、死んだ者を恋しく思う。それが大切な者ならばなおさら。生き返らせる方法があるならば、誰だってそれを試したい。でも、死人は帰らない。それがこの世の理だから。 それを覆す行為は、禁忌。罪でしかないのだ。 「そんな馬鹿な奴に、冴は渡せない」 告げたオルビスの言葉に、戎夜は力強く頷いた。 |