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 ロビーを横切ろうとした矢先に、玄関の扉から光が差し込んだ。
 少年は開かれた扉の向こうから姿を見せた人物に、安堵の笑みを浮かべ、駆け寄る。
「冴! 無事だったんだね!」
「オルビス」
 冴が屋敷から出たとわかった時にはヒヤッとしたものだが、それも無事な姿を確認すればすぐに吹き飛ぶ。オルビスは躊躇うことなく少女に抱きついた。
 冴もまた、少年を受け止める。
「心配したんだよ? 勝手に出て行ったら駄目じゃないか。外は危険なんだから」
「ごめんなさい。心配をかけてしまって……ありがとう」
 微笑みを返したそのタイミングで、後から凪が中へはいってきた。どうやら、思いっきりかぶった砂を外で払っていたらしい。衣服にはまだ落としきれなかった砂があちこちついていた。
「うわぁ……すごい格好。盛大に転んだの?」
 厭味ではなく真面目腐った表情で言われ、凪は咬みつく気にもなれなかった。小さく吐息し、そのまま自室へ上がっていく。
「え? 図星?」
「違うの、オルビス。砂ぼこりに撒かれたらしくて。途中で大分掃ったんだけれど」
「へぇ。僕はてっきり転んだのかと。どう見たって運動不足気味だし、運動神経も良さそうに見えないし」
 そう言った少年の顔には、普段通りの意地悪い笑みが浮かんでいる。
 冴はオルビスの言葉に苦笑だけを浮かべ、
「私も、シャワーを浴びてきます」
「あ、そうだね。ゆっくり休むといいよ」
 その場でオルビスと別れた。
 自室に戻り、軽くシャワーを浴びる。服も着替え、気分もすっきりしてようやく落ち着いた。
 冴は勢いよくベッドに倒れ込み、久々に長距離を歩いたせいか、気疲れしたせいか、すぐにうとうととし始める。
 どれくらいまどろんだだろうか。
 何度か聞こえたノックの音で意識を取り戻し、冴は慌てて扉を開けた。
「今開け……――――」
 扉の向こうにいたのは、意外な人物だった。
「……戎夜さん?」
 どれくらいぶりだろうか。
 一瞬だけ取り乱した冴は、けれどすぐに動揺を押し隠す。目の前にいる青年の様子が、どうもおかしい。
「少し、いいか。話がある」
 唐突に切り出した戎夜に、何かを感じ取ったのか、冴はすぐさま頷いて中途半端に開けられた扉を完全に開く。
「立ち話もなんですから」
 中へどうぞと態度で示し、戎夜は一瞬躊躇ったが、最終的にはそれに従った。
 ソファに向かい合って座り、冴が紅茶を淹れる。
 湯気がふわりと弧を描き、淹れたての紅茶の匂いが鼻をくすぐる。少しだけ、落ち着きを取り戻した戎夜は、微かに笑みを浮かべてそれを一口飲み下した。
「それで、お話って?」
 気になっていたのだろう。冴の方から話題を引き出す。ティーカップを両手で包み、香りを楽しんだ後で、少女は小首を傾げた。
 戎夜は手にしていたティーカップをソーサーへ戻す。
「……お前の……東のドーマのことだ」
「凪の?」
「そうだ。お前は、知っているのか? あの男が何をしようとしているのかを」
 きょとんと眼を瞬いた冴の顔を真剣に見つめ、戎夜は圧力をかけるように声のトーンを落として問うた。ビリっと肌をなぶる感覚に、冴は無意識に緊張する。
 凪のしようとしていること。
 何の事を言っているのかよく解らなかった。解らないはずなのに、それがよくないことだと分かるのは、目の前の青年が酷く切迫しているからだろうか。
「あの、よく意味が……」
「あの男は、お前のことなんて見ていない。必要ともしていない」
 切り出された言葉に、カッと頭に血が昇るのがわかった。
「そんなことっ……!」
 反論の言葉が出かけ、そして不自然に止まる。言葉よりも先に、戎夜が示したものに視線が止まり、驚愕したから。
「これ、は……?」
 差し出された一冊のノートに描かれた、人物画。
 今の自分と同じ顔をした少女の絵。
 でもそれが、自分ではないことを、冴は直感で悟った。
「記された年代を見てみろ」
 言われ、ノートの隅に記された数字を見る。
 冴が生まれるより前。冴の母さえもいなかった時代の年代が、刻まれていた。
 今よりずっと昔。そんな遠い日の日付が記されたノートに描かれた少女。
「誰かの代わりなんだ、おまえは」
 冴と同じ姿をした、けれど冴よりもずっと昔にいたと思うよりほかない少女の存在。
 薄々、気付いてはいた。
 自分は誰かの代わりなのだということを。冴の向こうにいる誰かの影を、凪はずっと見ているのだということを、なんとなく感じ取っていた。
 だけど、気付かないフリをしてきたのだ。だって、代わりでもいいと思ったから。
 誰かの代わりでも、凪の傍にいられればそれでいいと思った。だから、余計な事を考えないように、奥底に封じ込めたのに。
「だが、それだと一つ解せない。年代を見ればわかるだろうが、東のドーマは、お前の身体……人形の器をずっと昔に完成させていた。けれど、奴がドールを完成させたのはつい最近だ」
 なぜ、今までドールを完成させなかったのか?
 それは単に、魂を掴む機会がなかったから。そう断言できれば良かった。
 けれど、今の和が傾きかけたのは、最近の話ではない。もっと昔から、この大陸は腐敗し始めていたのだ。
 こういう表現はしたくないが、魂を掴む機会など、それこそ腐るほどあったはずだった……
 そもそもドールを作る気がないのなら、器だけを作る必要はない。
 そうすると、残された答えは一つ。
 作らなかったのではなく、作れなかったと考えるべきだ。
 器だけを作って、魂を入れなかった。
 それは違う。

入れる魂がなかった

 凪が望んだ魂が、なかったのだ。
 だから、完成させられなかった。
 だが今はこうやって、冴が存在し、ドールは完成している。
 それは、『冴』にこだわっていたのかそれとも、冴の『魂』にこだわっていたのか。
 今までの凪の態度から察するに、おそらくは後者。
「おそらくお前の魂には特別な何か……他とは違う何かがあると考えるべきだろうな。そしてその魂の『本質』を得るために、東のドーマはお前を犠牲にするつもりなんだ」
 言葉が出なかった。
 何も言えなかった。
 冴は唇をかみしめる。
犠牲
 それがどういう意味なのか、想像に難しくない。
 待っているのは、決して明るい未来なんかじゃなかった。
 救いなんかじゃなかった。
「お前はこのままでいいのか? このまま大人しくしていても、何も変わらない。殺されるだけだッ」
 戎夜の声が、やけに遠い。
 そう。確かにこのままここに居続ければ、殺されるだけだ。
 戎夜が言うことが本当ならば、冴を殺すために凪は彼女を助けた。このまま生かしておく理由など、どこにもない。
「俺はお前を失いたくない。俺を選べ。そうすれば、俺達がお前を助ける術を必ず見つけ出してみせる」
 それは、唯一の救いだったのかもしれない。
 けれど冴はあの時、選んだのだ。目の前にいる青年ではなく、凪を。それでも彼は、まだ救いの手を差し伸べてくれる。選択肢を与えてくれる。
 すがる場所を、与えてくれる。
 居場所を作ろうとしてくれる。
 切迫した青年が冴の肩を掴んでその瞳を見据えた。こんな状況だ。
 彼は自分を選ぶと思った。少女が今度こそ、自分の手を掴んでくれると。
 少女はそんな青年の瞳を見つめ、そして微笑む。肩に置かれた掌の上に、自分の手を重ね、そして覆ることのない強い意志の色を見せる。
「ありがとう戎夜さん」
 それは、拒絶だった。
 少女が出した答えは、やはり変わらないのだ。
「きっと、戎夜さんが教えてくれたことは事実なんだと思う。私は近いうちに、凪の手で終わりを迎える」
 瞳の奥が一瞬、揺れた。それでも、冴はまっすぐに戎夜を見据える。
「でも、いいの。私は凪が大切だから。だから、それで幸せになれるなら、凪が幸せなら、私はそれでいいの」
「何、言って……」
「それに本当は、解っているんでしょう? 私を助けることなんてできない。だって、私は凪のドールだもの。私は凪だけの物だもの。凪を裏切ることなんてできない」
 ドールにとって、ドーマは絶対。
 どんなことがあっても、それが覆ることは決してない。
「だから、いいの」
 覆らない。覆せない。
 少女の心は、初めから決まっているのだから。
 ドーマのために生き、ドーマのために死ぬ。
 それが、ドールの存在意義。
 例えそれがなくとも、冴にとっては凪が全て。
 冴の肩が、戎夜の手を離れる。滑るように、身を引いた。
「まっ……! 駄目だ! 行くなっ」
 今冴が出した答えを受け入れてしまったら、もう引き返せないのだ。今ならまだ間に合う。
 どんなに少女が頑なになっていても。考えを覆せなくても、無理強いしてでも、行かせるわけにはいかない。
「頼む、行かないでくれ……」
「戎夜さん……」
 腕を掴むその手が、震えていた。
 俯いていて表情は見えない。それでも、なんとなく解る。彼がどんな思いで、どんな表情を浮かべて、自分を引きとめているのか。
 どうして目の前にいるこの青年は、こんなにも優しいのだろう。
 戎夜だけではない。冴の周りにいる者達は皆、感謝してもしきれないくらい良くしてくれる。自分の終わりを嘆いてくれる。
 たった一人を除いて。凪を除いて。
 いっそ、凪のように切り捨ててくれれば諦めもつくのに、彼らはどこまでも、冴に未練を残させるのだ。生きたいと。死にたくはないという、この世に対する未練を。
「誰も望んではいない。お前がいなくなることを、望んでいる者なんていないんだっ! だから!」
「……本当にそうだったらよかった。でも、絶対的な人に望まれなかったから、私は、消えなくちゃ」
 その言葉で、戎夜は気づいた。気付かされた。
 冴の出した答えが、どれほど苦渋したものだったのかを。
 悩んで、苦しんで、それでも抗えない力に頷くことしか選択肢がなかった。

 初めから、冴に用意された答えは一つだったのだから。



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