「んー、おーいしーいっ」
 幸せそうに彼女は顔をほころばせた。
「でも、ホントによかったの?」
「何が」
「奢ってもらっちゃって」
 おでんのたまごを箸で突き刺し、かぶりつきながら尋ねる。
 先ほど彼女とコンビ二まで行き、いつまでたっても何を食べるか決めかねている姿に呆れ、俺はすぐに食べられるおでんやら肉まんといった類のものを片っ端から買占めた。
 さっさと店を出たかったというのもあるし、あのままでは埒があかないというのもあって、店員に金を押し付けて買ったものと彼女を引きずって再び公園に戻ってきたというわけだ。
「でもびっくりしたよ。いきなりおでんと肉まん全種類と、その他ファーストフードなんかを全部買い占めるなんて。でも私一回やってみたかったんだよねぇ。食べきれるかなぁ、これ」
 視線の先には、山済み状態の食料。
 俺にはあれを全て平らげる自信はない。
「んー、ピザまんおっいしぃ〜」
 彼女は完食してしまいそうな勢いだが。
「……ねぇ。さっきから全然食べてないけど、調子でも悪いの?」
 ピザまんにかぶりつく手前で、俺の食が進んでないことに気づき、心配そうな表情を浮かべる。
「別に。あんたが食いすぎなんだよ」
「えぇ? そんなことないよ。だって君、肉まん一個も完食してないんだよ!?」
 ズバリ指摘した彼女の指の先には、先ほどからもてあましていた肉まんがあった。一口二口かじっただけのそれは、すでに冷め切っている。
「成長期の男の子が肉まん一個も満足に食べられないなんて! ダメだよ、ちゃんと食べないと」
「そういうあんたは食いすぎなんじゃねぇの」
「そんなことないよーだ。まだまだ成長期なんだから」
「……ふーん」
 俺は生返事を返しただけで、聞き流した。それよりも、彼女と話していて気づいたことがある。
 それは、誰に対しても全然警戒心をもってないってことだった。俺もそうだが、コンビ二の店員にまで何のためらいもなく話しかけ、笑いかける。
 そのせいなのか、俺もいまいち彼女に対しては警戒心を持てないでいた。他人とこんなに会話らしい会話をしたのは、おそらく、初めてだろう。
「この厚揚げ美味しいよ。ほら、あーんして」
 現に今、俺の横で何の躊躇いもなく笑みを浮かべながら、厚揚げを構えている。
 俺は溜息をつきたいのを我慢し、その代わりに断固として口を開かなかった。
「こらー。ちゃんと食べなさいよぉ。ほらほらぁ」
「やめろ。そんなことしなくても、自分で食べられる」
「食べないから食べさせようとしてるんじゃないのさぁ」
「第一、そんな恥ずかしいことなんかできるかよ」
 子どもじゃあるまいし。
「ははーん? さては照れているんだねぇ。うんうん、まだまだ若いねぇ、少年」
 嫌な笑みを浮かべながら、彼女はやり場のなくなった厚揚げを仕方なく自分の口に放り込んだ。
「若いって、あんたも十分若いだろ」
「ん? まぁねぇ」
 なぜか彼女はそこで複雑な表情を浮かべた。すぐに笑ったけれど、一瞬哀しそうな顔を浮かべたのを、俺は見逃さなかった。
「うーん。お腹いっぱぁい。ごちそぉさまっと」
 彼女は話を切り上げるように自分の分を完食してしまう。
 俺は俺で相変わらず残った肉まんをもてあましているが、殆どを食べつくした彼女は満足気にベンチにゴロンと横になっていた。
 俺は呆れ半分と感心半分の複雑さを感じながらも、残った肉まんをビニール袋にしまい、彼女の方へ視線を向ける。
 彼女は空を見ていた。
「はわぁ。星がきれ〜。ねぇ、君も見てみなよ。こうやって寝転がって見るとまた違った感じに見えるからさぁ。感動だよ。感動ものだよ〜」
 嬉しそうにはしゃぎ、俺が座っているベンチを指差す。
「いや。俺はいい」
「なぁんで? 横になると気持ちいいし、ホントに違った感が味わえるのに」
「横になるの、嫌なんだ」
 思い出すから。色んなこと。
「……君は……そっか、服とか汚れるのが嫌なんでしょぉ? 意外と潔癖症なのねぇ。でもまぁ、寝転がらなくても星は見れるもんね」
「え、あ、ああ」
 何かを言いかけて、彼女はそれを止めた。誤魔化すように切り出した台詞に、俺は咄嗟に頷くことしかできなかった。
「でも、やっぱ夜は落ち着くなぁ。そう思わんかね?」
「は?」
「あー、聞いてなかったんでしょー? ダメだぞ。若いもんが放心なんぞしとっては」
「あ、ああ。で、何?」
「夜は落ち着くねって話だよ」
「そうか?」
「そうなんです。って、あれ? もしかして君は夜が嫌いなの?」
 彼女はわずかに驚いた表情を浮かべ、跳ね起きる。俺の顔を覗きこんだ。
「あんたは好きなんだ?」
「うんっ。大好き!」
「俺は、嫌いってわけじゃない。でも、苦手……だな」
「暗いのが怖いの?」
「え?」
「そーだよねぇ。夜って言ったらお化けとか幽霊さんとかでそうだもんね。私もちっさい頃は怖かったんだよねぇ、暗いとことか夜が」
 何だか微妙に苦手な理由がずれてる気が……
「そっかぁ。少年君は幽霊が怖いのか」
 やっぱり。
「違う。だいたい、幽霊なんてもんはいないだろうが」
「いるよ」
「は?」
「幽霊はいるんだよ」
「いねぇよ」
「いるもん」
 お互い一歩も引かない。何でこんな言い合いしてるんだ。くだらない。
「あのなぁ。だったら証明してみろよ」
「君が、幽霊がいないっていう確かな証明をしてくれたらね」
「それは……」
「天使も悪魔も幽霊も、神様も。そういう不確かな存在は確かに人間の想像なのかもしれない。確かに存在するっていう証はないよ。でも、絶対にいないっていう証もないでしょ? 誰かが信じることによってのみ存在できる存在。だから、私は信じてるの。 まぁ、幽霊とかお化けの場合は信じるっていうのとは違うけど。どっちかっていうと信じない、信じたくないって方が強いかな」
 淡々と、けれどなんだかとても淋しそうに、彼女は言葉を紡いでいた。
「君は信じない? そういう不確かな存在を」
 彼女は尋ねる。その口調は、まるで何かを期待するかのよう。
「……信じて、それで何か変わるのかよ」
 信じても、そこに意味なんてない。何も変わりはしない。俺はそれをよく知ってる。
 思い知らされたから。俺は拒むように視線を外し、俯いた。
「変わるよ。全っ然かわる。だって、信じた方が何だか幸せな気分になるでしょ? 夢があるもん」
 言いながら、彼女は微笑む。
「俺には、よく解らない」
 今までに、それらを信じて幸せな気分になったことなんかないし、そこに夢を抱いたこともない。
 虚しく裏切られただけだ。この世に救いなんてない。少なくとも、俺には。
「あ」
「え?」
 突然あげた彼女の声につられるように、俺は咄嗟に顔を上げる。だが、そこに彼女の姿はなかった。
 忽然と、消えた。
「おい?」
 辺りを見渡しても、誰もいない。
 何か用事でも思い出したのだろうか。何だか焦っていたような声だったし。
「……帰ったのか?」
 突然黙って帰るなんて……思いながら、俺はズボンのポケットに手を突っ込む。
 カツン、と指にそれがあたって、俺の身は縮んだ。ひやりと嫌な汗を掻く。忘れていたものを思い出して、俺は逃げるようにそこから去った。


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