明くる日の夕方。
 何となく俺はまたあの公園へ赴いていた。他に行くところもないし、やることもなかったからだ。

「あれー?」

 特にやることもなくベンチに座っていると、横から間の抜けた声がかかった。
 視線を向けると、やはり昨日の少女だった。足音なんか聞こえなかったのに、いつの間に……?

「こぉんな時間にどうしたの?」
「あんたこそ」
「私? 私はただの散歩だよん」
「俺も」
「えー? でも君学生っしょ? 学校はどうしたの学校は。ずいぶん早いんじゃない? あ、はっはーん。さてはサボりだねぇ  この不良少年めぇ」

 にやにやといたずらな笑みを浮かべ、俺の額をつつく。

「その言葉、そっくりそのまま返す」

 ざっと見積もっても、彼女だって俺と同い年ぐらいだ。

「へ? 私? んー、でも私はサボりとは違うよー」
「ずる休みか」
「それもハズレー。だいたいずる休みとサボりってあんまり変わんないじゃん」
「じゃぁ、なんでだよ」
「えー? もうギブアップ? 近頃の若いもんは諦め早くていかんなぁ」
「何ババくさいこといってんだよ」
「ぁーん? 誰がババくさいってぇのよ! 失礼しちゃうわ。このぴちぴちな肌を御覧なさいな! これをみてもババぁと申すか主はっ!」

 俺は見た目ではなく中身のことを言ったんだが。思いながら、溜息をつく。

「そんなこと聞いてないし、そこまでいってない」
「ん? そういえば、何でこんな話になったんだっけ?」

 やっぱもう結構歳なんじゃ……

「なんかさ、今ものすごく失礼なこと考えなかった?」
「いや。別に」

 変なところ鋭い。

「ふぅん。まぁ、いいけど。それで? なんだっけ?」
「あんたが学校をサボってるわけでもずる休みしてるわけでもない理由」
「そうだったそうだった! ふっふ〜知りたい?」
「別に」
「ちょっと! さっきまでさんざ聞きたがってたのにそれはないんじゃないの!? っていうか聞きなさいよっ」

 なぜかいきなりキレ始める始末。

「あんたがもったいぶらすからだろ。早く話せよ」
「む。かわいくないなぁ。まぁ、それはひとまずおいといて。理由は、そうね。ただ単に、私が学校に行ってないからなんだけどね」
「は?」
「なによ、その反応は。意味がわかんなかったの? バッカねぇ」

 やれやれ、と首を振りながら彼女は呆れた。

「わかんねぇよ。なんで学校に行っていないのかが」
「えー? 普通にわかんない? 行く気がなかったからに決まってるじゃん。それに、これでも私、君よりは年上なんだぞ」

 俺より年上? とうことは、十六歳以上ということになる。まさか二十歳以上ということはないだろうから、十七、八というところか。

「正確にはいくつなんだよ」
「あー、だめだよぉ。女の子に歳なんか聞いちゃぁ。失礼だぞ」

 人刺し指を立てて怒ると、その後になぜか俺の頭を撫でる。どうでもいいが、教える気は全くないらしい。しかたなく諦めた。

「だったら、働いてるとか?」
「全然。毎日することもなくただボケーッと暮らしてるだけ」

 あいにく親不孝者なのさ、と彼女は自嘲した。

「で? そういう君は、どうなのさ」
「なにが」
「ほっほーう。人のことは聞いといて自分のことはすっとぼける気かね?」

 どうやらはぐらかすことは不可能らしい。

「俺も、行ってない」
「え? それは……ええと、つまり?」
「高校に入ってないってことだ。受験しなかったから」
「じゃぁ、就職したんだ?」
「俺が働いてるように見えるのかよ。第一、働いてたらこんな時間にこんな所にはいねぇよ」
「それはわかんないじゃん? 今日はたまたま休みの日だった、とか、仕事は夜からとか。色々事情があるでしょ?」
「あんたがそうなように?」
「え?」

 ふっかけてみると、彼女は驚いたように目を丸くした。
 昨日から思ってたけど、どう考えたって彼女は普通じゃない。学校にも行っていないし、何かワケありな感じを思わせるような口ぶりだし。

「どういうこと?」

 意味が解らない、という風に彼女は小首を傾げた。本当にそうなのか、それがただの演技なのか、俺には判らなかったが。

「いや。なんでもない」
「?」

 納得いかないという顔を浮かべながらも、彼女はそれ以上追求はしてこなかった。諦めるように軽く頭を振る。
 俺はそれを見ながらそういえば、と話をすりかえた。

「昨日、何で突然帰ったんだよ? 黙って」

 気がつけば忽然と姿を消していた彼女。一言もなしに。

「あー。あれは、門限過ぎてるの思い出したから、慌てて帰ったんだよねぇ」
「門限?」
「うん。門限。夜十時以降は家から出られないんだぁ。それまでに帰らないと大変なお仕置きが……」
「お仕置き?」

 なぜかごくりと喉を鳴らしてしまう。一体どんな罰が……

「一週間おやつ抜きなんだよぉ〜」

 耐えられないっ、とこの世の終わりとでもいわんばかりの形相を浮かべる。俺はバカバカしくて何もコメントできなかった。

「あー! 今呆れたでしょー!? くだらないとか思ったんでしょ! 君ねぇ、私からおやつを取ったら何も残らないんだからねー!?」

 そんなこと自慢げにいうことじゃないと思うけど。自分で自分のことバカっていってるようなものだろ。

「三時のおやつをどれほど楽しみにしているか知らないからそんなこといえるんだー! 人事だと思ってぇっ」
「人事だし」
「冷たいっ。冷たいよ、君! 人情の欠片もないよ! この痛みを分かち合おうとか思わないの? 慰めてやろうとかないわけ!?」
「ない」

 それこそホントにくだらない。

「はぁ……なぁんでそんなにひねくれちゃってるかねぇ、君は」
「悪かったな」
「もっと素直になった方が人生楽しいと思うよ? そんなぶっすぅ〜とした顔してないでほらほらぁ、スマイル、スマイル」

 お手本を示すように、彼女はニッコリと笑う。俺は素無視した。

「こらぁ! 人がせっかく親切に言ってやってるのにぃ〜。無視するなぁっ」
「頼んでないし、そんな親切はいらない」
「救いようのないヒネクレ者ね」
「どうも」
「褒めてないわよ」

 はぁ、と彼女は諦めたように溜息をつく。溜息をつきたいのはこっちの方だ。

「ま、あんまりしつこくは言わないけどさ」

 言いながらも、まだ何やらぶつぶつと呟いている。どうでもいいほどの世話焼きだ。
 俺は内情に踏み込まれるのを疎う方で、他人に心を許すこともなかった。どうしても警戒してしまうのだ。だから、詮索や干渉は俺にとって苦痛以外の何ものでもなく、ある種の拷問でしかない。
 ……はずだった。

「あんたさ……」
「ん?」

 それなのに、彼女に対してだけは、その苦痛がない。なぜだ?

「あ、いや……あ、そういやまだ名―――」
「あ!」

 言いかけて、途中で彼女が声を張り上げる。俺は不覚にも思わずビクついてしまった。

「な、なんだよ」
「え? あ、いやその……」

 なぜか顔を赤らめて言い辛そうにしている。なんだ?

「いや、大変恥ずかしい話で」
「なんだ?」
「そ、その……私の体内時計がね?」

 指をぐるぐると回しながら、俺の顔をちらりと見る。
 嫌な予感してきた。

「ご飯の時間だよぉ〜、って言って鳴いたのですよ」

 言いながら、アハハ、と笑う。
 やっぱり……

「はぁ」

 俺は溜息つきながらも、立ち上がった。彼女が何をいいたいのかを悟ったから。

「コンビ二だな」
「あ、うん!」

 彼女は例の如く、一瞬きょとんとしてから、嬉しそうに目を輝かせた。





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