「見て見て! 星が綺麗だよ〜」

 少し早めの夕食をすませた後。
 珍しく俺のとなりに座った彼女が、感嘆の声を上げた。その声につられて、俺も空を仰ぐ。

「そう、だな……」

 短く同意すると、横からクスクスと笑う声が聞こえた。俺は不審な眼差しを向ける。

「ふふっ。ごめんごめん。何だかずいぶん素直だなぁ、って思って」

 視線に気づいたのか、彼女は弁解するように付け足した。俺はその台詞に顔が熱くなるのを感じる。何だかえらく恥ずかしかった。

「ね、膝枕、してあげよっか?」
「は?」

 突拍子もなく告げられた言葉に、俺は思わず不機嫌な声を上げる。意味が解らずに彼女を見ると、ニッコリと微笑みながら俺を見つめていた。

「な、何だよ、急に」
「えー? だって一回やってみたかったんだもん。膝枕」
「だからって、何で俺が……」

 なぜか早鐘のように鳴り始めた鼓動が煩い。何で俺はこんなに緊張しているのか……?

「なんとなく。してほしんじゃないかなぁ〜って思って」
「俺がか?」
「そ。ホントはしてほしいんでしょ〜? ね、ね? いいじゃん、君は寝転がるだけなんだからさ」

 俺がしてほしいというよりは、どう見ても彼女の方がやりたいように見える。いいように俺を理由にしてるだけじゃないか。俺は息を吐いた。

「断る」
「なんでよー? こぉんな可愛い子に膝枕してもらえるのよ? こんなチャンス滅多にないわよ!?」

 どっから出てくるんだかその自信。

「前にも言ったろ。横になるのが嫌なん……―――っ!!?」

 台詞の途中で、景色が反転した。ぐいっと腕を引っ張られる感覚に、俺は素直に従ってしまい、気づいた時には彼女が俺を見下ろしている。
 俺の頭は彼女の膝の上にあった。

「おいっ! いきなりなにすん……」

 抗議しながら起き上がろうとした瞬間、彼女の手が俺の頬に触れた。俺の動きが止まる。
 彼女は微笑んだ。その表情が泣きたいくらい優しくて、俺は息を呑む。

「ね? 怖くないでしょ?」
「……え?」

 一瞬、何をいわれたのかわからなかった。認めたくないが、俺は今彼女に見惚れていたらしい。
 想像以上に温かく、柔らかい感触に、俺は酷く安堵していた。
 守られているような、包まれているような温かさ。いつもなら、横になればすぐにせり上がってくる感情も、今は不思議とない。あるのはただ、安心感だけ。

「ふふー。気持ちいでしょ? 膝枕」
「え、あ?」

 正直彼女の言葉など耳に入っていなかった。

「もぅ、ちょっとちょっとー。健全たる男児が女の子に膝枕されて、感想もなしに間抜けな声出すってどうなのよ」
「あ、わ、悪い」

 ……なんで俺謝ってんだろう。

「素直で宜しい。あ、何だったらこのまま眠っちゃってもいいよ?」
「は?」
「起きるまでずっとこうしててあげるからさ。少し眠りなさい」

 優しい声で言いながら、彼女は俺の髪を撫でた。それが何だかくすぐったくて、でも、安心して。
 別に眠気なんかなかったのに、俺は催眠術にでもかかったかのように、ゆっくりと瞼を閉じた。






 大きな手が俺に迫る。
 夕闇の中、俺はただその恐怖に耐えることしかできなかった。
 拒絶は俺の身を凍らせ、胸を突く。


 俺は、イラナイ


 別に面と向かってそう言われたわけじゃないし、そういう行為を受けていたわけでもない。
 けれど、子どもというものは、親のそういう感情には敏感なもので。
 俺はその事実に絶望した。
 掌から伝わるのは、温もりなんかじゃない。
 愛情でもない。


 拒絶、だ。


 俺は確信していた。
 いつか捨てられる。
 切り捨てられることを。
 夜は眠れない。
 眠ればきっと、目が覚めたとき、そこは俺にとっての死に場所に違いなかったからだ……





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