2.王子様



「『シンデレラ』と『白雪姫』どっちが好き?」
「は?」
 それは昼休みの屋上にて。いつものメンバーで輪を作りながら、昼食をとっていた時のことだ。食べかけていたカレーパンにがっつく手前で、突然そんな質問をされた。
 ……でた。篠沢の突拍子発言。
「いきなりだな」
 つーか何で『シンデレラ』と『白雪姫』?
「ね、ね、どっち?」
「因みに篠沢は?」
「断然『白雪姫』!」
 グッと拳を握りながら、やけに力強く言い張る篠沢。意外だ。絶対『シンデレラ』の方だと思ったのに。
「あ、あたしもあたしも! あたしも絶対『白雪姫』!」
 そこで、もう一つの声が上がる。元気よく挙手している人物は、篠沢の友人であり俺達仲間内のメンバーでもある三門 真央(サンモン マオ)だ。
「お前もなのか、鮭」
 俺はダブルで意外な表情を作ってみせ、二人を交互に見比べた。
「鮭言うな!」
 三門の怒号。あ、そう言えばナチュラルに使っちまったな。
 例の如く、サンモンという苗字を篠沢が異変換し、サンモン→サーモン→鮭、という経路を辿って、俺達仲間内ではすっかりその愛称が定着したのだった。
 彼女はそれが厭でたまらないらしく、言うとキレるが、覚えやすいし言いやすいのでついつい口が滑ってしまうのだ。かくいう俺もその一人であるわけで、やめろといわれてもどうにもできない。
「で? お前はどうなんだ、ジョーイ」
「ジョーイ言うな!」
 まぁ、それは俺自身にも言えることなんだけどな。
 俺は、俺をジョーイと呼んでからかうそいつを睨みつけた。パンをかじりながら、何でもないという風に俺の視線を受け止め、ニヤリと笑みを浮かべている俺の親友、というより心友の観堂 流(ミドウ ナガレ)。
「見苦しいぞ、ジョーイ。素直に認めたらどうだ? 実はハーフなんだろう?」
「お前もしつこいぞ。俺は正真正銘日本人だっ」
「ジョーイ。俺の目は誤魔化せない」
「言ってろ」
 つき合いきれねぇ。俺が不機嫌な表情を作ると、徐に観堂が笑い声を上げた。
「まだまだ子どもだな」
 そういうお前はどう見たって高校生には見えねぇよ。何だその全てを悟ったようなクールさは。
「えーっと、本題に戻ってもいい?」
 そこで、遠慮がちに篠沢が口を挟む。あぁ、もともとは『シンデレラ』と『白雪姫』の話だったな。俺は頷く。
「それで、君島くんはどっち?」
「俺は……」
 『シンデレラ』はかろうじで内容覚えてんだけど、『白雪姫』ってどんなやつだっけ?
 俺はしばし悩む。内容が思い出せなきゃ選択する余地すらねぇ。
「そもそも何でその二択なんだよ」
「あ、じゃぁ、『人魚姫』と『眠り姫』でもいいよ」
 俺の呟きがバッチリ聞こえていたらしく、篠沢は別の二択を候補にあげた。今度は『人魚姫』と『眠り姫』?
 ますますどんな内容だったかわからん。
「そっちの選択だと篠沢は?」
「もちろん『眠り姫』だよ」
「決まってんじゃんね〜?」
 篠沢と鮭が顔を見合わせて頷き合う。何なんだよ?
 あ、でもあれか。『人魚姫』は最後泡になるんだもんな。それだったら確かに後者を選ぶのは乙女心にして当然なのか。
 にしても、やっぱ解せねぇよな。それだと何で『シンデレラ』はダメなんだ? 『白雪姫』より知名度高いし、最後だって王子とくっついてハッピーエンドだろ?
 女ってやつはわかんねぇなぁ……
「もー、ジョーイ! はっきりしなさいよっ」
「だからジョーイいうなっつの」
「で、どっち?」
 篠沢が俺の顔を覗きこむ。うっ……か、可愛いっ。
「じゃぁ眠り姫でいいよ」
「じゃぁってなんだ、じゃぁって」
「うるせぇ鮭。つーか何でそんなこと訊くんだよ?」
 後方で聞こえる、鮭いうな! という怒声は無視して、俺は篠沢に向き直る。彼女はうん、と頷いて、完食し終えた弁当の包みを床においた。
「やっぱり男の子は興味ないのかな、こういうの。あのね、登場だよ、登場。王子様の登場の仕方が違うの」
「はぁ?」
 俺は首を傾げる。
「さっきあげた二択。『シンデレラ』と『白雪姫』。これの決定的な違いは、出逢い。王子様が迎えに来るか来ないか、だよ。『人魚姫』と『眠り姫』もそう」
 王子の登場シーン?
 えーと……? シンデレラは確か、シンデレラが舞踏会に行って、そこで王子と出会うんだっけ? それでえーっと、白雪姫は……
「『白雪姫』ってどんなやつだっけ?」
「『白雪姫』は簡単にいっちゃえば、継母に毒りんごを食べさせられた白雪姫のところへ、王子様がくるっていうやつ。ちなみに『眠り姫』も、呪いをかけられて百年の眠りについていたお姫様の所へ王子様が助けに来るんだよ」
「あぁ、つまり王子が迎えに来るか、ヒロインの姫が自ら会いに行くかの違いだな?」
「そう。で、やっぱり女の子なら白馬に乗った王子様に迎えに来てほしいでしょ? だから私は『白雪姫』とか『眠り姫』の方が好きなの!」
「『ヘイッ、ナノカ! ムカエにキたヨ!』ってか?」
 うわ、エセ外国人ぽい、今の。
 つかどんな王子だよ。白馬? そんなもん路上で乗りまわしてたら捕まるぞ、おい。
 間抜けにも程がある。
「そんな王子様じゃないよ〜」
 俺が言った台詞にマジウケする篠沢。バカにされたことにも気づかないとは、やるな。
 まぁ、俺が本気でバカにするわけはないんだけどな。
「んじゃ、どんなんだよ」
「もちろん王子様と言えば優しくて真面目でぇ、歯が白くてぇ、金髪碧眼でぇ、すらっと身長が高くて、笑ったときにちょっぴりのぞく犬歯が……」
「待て待て待て」
 段々自分の好みになってんぞ。犬歯とかそんなマニアックな詳細いらないから。
「あーぁ、早く迎えに来てくれないかなぁ、王子様」
 篠沢が肩を竦めて呟く。
「……そんなの待たなくても、俺がいるし」
 安心しろ。心配しなくても、お前の王子ならここにいるから。流石に白馬はいないけど。
「え?」
 ボソリと呟いた俺の言葉は、しかし篠沢には聞き取れなかったらしい。俺はわざと笑みを浮かべて、それを誤魔化した。
「何でもねぇよ。つか迎えにはやっぱ白馬で登場じゃないとダメなのか?」
 まさかとは思うが、一応訊いてみる。
「? ううん。普通の馬でもいいよ」
 ごめん、そうだった。この人住んでる次元違うんだった。俺すげぇ今更な質問しちまったよ。
 何か迎えに行ける自信なくなってきた。
「好きになったお前が悪い。諦めろ」
「う」
 最後の最後で観堂のとどめの一言。くそ、さすがは心友。
「まぁ、迎えに行ったところであれじゃ当分は気づかれないな。王子様?」
 鋭い指摘の元、ニヤリと笑って、奴は俺の肩を叩いたのだった。


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