4.恋占い



「見て見てー! 私、今月恋愛運絶好調ー!」
 パタパタと足音を立てながら、雑誌を両手に近づいてくる篠沢。それにいち早く反応したのは他ならぬ俺だったりするが、とりあえず平常心を装う。
「マージでー!? うっそ、あたしはー!?」
 俺達が囲んだ机の上に雑誌を広げ、それに飛びつくように鮭が食い付く。
「真央ちゃんはー……運命の出会いがあるかも!? だって。今月恋愛運は上昇気味! 真央ちゃんも恋愛運いいね!」
「わぁーお! やったー! で? 肝心の七香の恋愛運は? 絶好調ってどのように」
「私はねぇ、気になるあの人と急接近―! もしかしたら告白されるかも!? だって! 気になるあの人って誰かなぁ!?」
 いや、それは訊かれても答えられんだろう。篠沢の気になる奴なんて篠沢にしか分からないんだから。っていうか、つまりいないってことなのか、それは?
「占いによると、やっと告白する気になったのか、ジョーイ?」
「だから、ジョーイ言うなっつうに。俺はいつでも告白しようとは思っている……ただ、タイミングがつかめないだけでな」
 雑誌にかじりついている女子二人を遠ざけるように窓際の壁に背を預けていた観堂が、不意に俺に声をかけてきたので、俺もそっちに移動し、声のトーンを落として答える。
「あぁ、悪かった。するだけの度胸がなかったの間違いだな」
「お前な……っ」
 フッとワザとらしく笑んで見せる心友に、俺は頬を引きつらせた。図星なだけに反論できねぇ。
「まぁ、所詮は占いだ。真に受けるか受けないかは己自身。あたって砕けてみたらどうだ?」
「そうだな……っておい! 砕けること前提かよっ。お前は心友の幸せを願ってやるとかないのか?」
「人は人。俺は俺。俺以外の奴が幸せになろうと不幸になろうと、生憎俺には関係ないんでね」
 なんて冷めた野郎なんだ。完璧利己主義かよ。
 そんな奴がモテるんだから、世の中間違ってるよな、絶対。
「まぁ、確率は半々ってところかしらねぇ?」
 にゅぅっと背後から現れた鮭に、俺は思わず悲鳴を上げそうになった。何とか出そうになる声を殺して、はやる心臓を静める。
「おっ……! ばっ、鮭てめぇな! いきなり出てくる奴があるか!」
「何よ。何か文句あるの?」
 大有りだ畜生。だけど口で闘っても結果は見えている。俺は溜息を付いて、ぶつけたい言葉を飲み込んだ。
「お前、雑誌見てたんじゃないのかよ」
「飽きちゃったし。七香が見てるから。で、こんなところにタロットカードがあったりするんだな」
 ニッと笑みを浮かべて、鮭は手に持っているそれを左右にふる。
「なんでタロットカード?」
「ちょうど暇だから占ってあげようかな、と思って」
 何かすっげぇ楽しそうなんだけど、顔が。俺はゴクリと喉を鳴らす。
「う、占いなんてそんな女々しいもんに興味なんかねぇよ」
 何ていいながら、実は結構占いとか好きだし信じてる乙女な俺。
「あっそ? じゃぁ、別にいいけど」
 っておい! あっさり引くのかよ! それは想定してなかったぞ。
「あー、コホン。うん、まぁそこまで言うんだったら、占わせてやらないこともないぞ」
 別にそこまで興味はないが、占いたいって言うんだったら断る理由もないしな、うん。そう、全然興味ないけど。
「……占ってください、でしょ」
 じぃっと俺の顔を睨んで、不意に挑発するような笑みを見せる鮭。くそ、この女……っ。
 完璧ばれてる。
「ジョーイ。お前の負けだ。素直に言ったらどうだ?」
 う。心友、お前まで。
「っ、わーったよ。占って欲しいです。占ってください」
 ヤケクソじゃい。これも全て己のためだ!
「ふふー。じゃ、そこに座って」
 一番近い机を指差し、座るように促す。どうでもいいけど、この机誰のだよ。まぁ、休憩時間だし問題ないか。
 俺が腰を降ろすと、向かい側に鮭も腰を降ろしてカードをシャッフルしていく。色々と手順があるらしく、俺はそれを関心しながら見つつ、カードをカットし展開させて準備は整った。
「んでは、結果発表と参ります。あなたの今後の恋愛は……」
 パラっとカードを一枚めくり、鮭は動きを止めた。
「な、なんだよ……」
 激しく不安。え、何その神妙な顔つき。もしかしてヤベェの? うまくいきそうにないの? 俺もそんな予感がしてたんだよ――――――ッ!
「ねぇ、ジョーイ。アンタもしかして見かけによらず、相当長い間七香に片思いしてる?」
 へ? しかし、予想していた答えと異なり、俺は間抜けな声を出す。っていうか……
「見かけによらずってなんだよ、おい」
「そんなとこ突っこまんでいいから、どうなの?」
「あー、まぁ、うん。結構長いかもな」
 まぁ、なんせ小学校低学年以降ずっとだからな。長いと言えば長いだろう。でもだからといって、高校に入って再開するまでの間、ずっと一途に思ってたわけじゃない。何となく忘れられなくて、それでも何人かの女子と付きあったことはある。まぁ、長続きはしなかったけどな。
 こんなに人を好きだと思えたのは、やっぱり篠沢だけで……
「でもなんでそんなこと訊くんだよ」
「カードに出てるから。これは過去の出来事について語ってるカードなんだけど、ジョーイ、昔七香にあったことあるの?」
 そ、そんなことまで解るのか、占ってのは。
「あ、あぁ。一度だけな」
「なるほどねぇ。それで一目惚れか。ジョーイらしいっちゃらしいわよねぇ」
 うるせぇよ。放っとけ。
 内心突っこみつつ、パラパラとカードをめくっていく鮭の手元に集中する。
「ふむ……現在の状況は昔と変わらず、ってとこね。多少仲がよくなったくらい? 障害は……相手の性格、ってこれはどうしようもないわね」
 あ、やっぱりそうですか。ですよねー。あの性格に随分苦しめられてきましたから、あははー……笑えねぇ。全っ然笑えねぇ。
「ジョーイって、やっぱ見かけによらず一途なのねぇ。相当好きでしょ、七香のこと。それ行きすぎたらストーカーとかになるんじゃない?」
「そんなこと結果にでてんのか!?」
「出てないわよ。これは友人としての忠告みたいなもの」
 ……紛らわしいんだよ。俺一瞬ストーカーまがいのことするんじゃなかろうかとマジで焦っちまったじゃんか。
「で、肝心の最終結果だけど。さっき言った障害を乗り越えれば、あるいは良い方向に向かって行くみたい。要するに、アンタの頑張り次第」
「へ?」
「あたしからのアドバイスは、急がば回れ。焦らずに行けってこと。タイミングを見誤ると上手く行くものも上手く行かない」
 何か、今この時ほど鮭を尊敬したいと思ったことはない。お前、占いで食っていけるんじゃないか?
「ま、最大の障害は想い人だからさ。七香の意識を自分の方に向けることができれば、いいんじゃない?」
「そう、か」
「行動に移す時期が大事だからね。でも案外、際先はジョーイが思ってるほど悪くはないかもね」
 時期か。やっぱタイミングは大事なんだな。
「サンキュ、鮭。何か自信沸いてきた」
「そりゃよかったね。ま、せいぜい頑張ってよ」
 カードを片付けながら、聞き飽きたとでもいわんばかりに俺の言葉を適当にあしらう。いつもならムカつく態度だが、今だけは何を言われても許せる。
「おっしゃー! 俺はやるぜー!」
「相変わらず単純な奴だな」
「いいんだよ、単純でもっ」
 呆れる観堂にワザとらしく笑って見せ、俺は拳を上げた。


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