5.告白



「なぁ、俺って全く魅力ねぇのかな」
 言ってて切なくなってくるが、訊かずにはいられなかった。
「さぁ? あたしに訊かれてもねぇ。少なくとも七香にとってはそうなんじゃないの」
 屋上でたそがれる俺にしぶしぶ言いながらも付き合ってくれている鮭を、俺は恨めしそうに見上げた。
「容赦ないッスね」
「っていうか、あんたがちんたらしてるから七香が他の男から告白されるなんてことになるのよ」
 あたーっ!
 ズバッと言っちゃいますか。抱えてる問題をあっさりと突きつけちゃいますか、お前さんは。
 そう、そうなのだ。俺が告白する決心をつける前に、一人の野郎が篠沢に告白しちゃったりなんかして、それ以来話しかけても篠沢が上の空状態なのだ。どう返事するのかはっきりいって気にならない方がおかしい。
 まさか承諾するんじゃないかとか、承諾するんじゃないかとか、承諾するんじゃないかとか……そうなったら俺どうしよう!?
「うわぁっ! ダメだっ、それだけはダメだ!」
「ちょっ、いきなり叫ばないで下さる?」
「だって、告白してきた奴って女子の間では結構人気がある奴なんだろ?」
 鮭の調べによると、告白してきた男は一つ上の先輩で、真面目で成績優秀、温厚な性格と悪くない容姿から女子に人気があるらしい。そんな奴に告白されれば断る女なんていないんじゃねぇのか!?
「あたしはタイプじゃないけどね。でも七香のいう『王子様』には当てはまるものがあるんじゃない?」
「……それは」
 不味い。そういや篠沢のいう『王子様』的条件は真面目で優しい、だったはず。まさか金髪碧眼ということはないだろうが、歯が白くないとはいいきれないし!
 当てはまる……すんごく篠沢のタイプに当てはまるじゃないかっ。っていうか何でそんな奴が今更告白なんてしてくんだよ!
「やばい、やばいぞ!? どうしよう!?」
「あたしに聞かないでよ」
「冷たい! 俺たち友達だろ!? 少しは協力してやろうとか思わないのか!?」
「協力ったって……どうしようもないじゃない。あんたが同じように告白してみるとかくらいしか」
「こ……?」
 告白? このタイミングで?
「同時に二人の男から告白。果たして七香はどちらを選ぶのか。あ、これネタに使えそう」
 何のネタだよ。とかいう無粋な質問は今はしないのが吉。
「でも、な……」
 このタイミングで俺が告白したとして、果たして篠沢の目をこちら側に向けることはできるんだろうか。何か効果ないような気がするし、逆に混乱させそうだし、比較されれば俺に勝ち目はないわけだし。
 成績も良くないし真面目でもないし、優しくもない。……てんで俺はダメダメじゃねぇか。
「〜〜〜っ、もう! グダグタグタグダちっさい男ね! ここは当たって砕けるしかないでしょ!?」
「砕けたくねぇから悩んでんだろ!?」
 つーか、端から砕けるとかいうんじゃねぇよ。俺が落ち込むだろ!
「悩んだって七香には伝わらないし、アピールしなきゃ振り向いてももらえないじゃない! フラレたら諦めるようなそんな安っぽい気持ちなら最初から諦めなさいよ! このヘタレっ!!」
「……」
 それは、確かにそうだ。
 ダメでも、簡単に諦められるようなもんじゃない。それだったらとっくに諦めていたはずだ、ガキの頃から思い続けていたこの感情なんて。
 でも、できなかった。
 確かに、伝えなければ伝わるはずないんだ。
「そう、だな。そうだよな」
 何もしないで他の男に取られるかもしれないなんて耐えられるか。俺も精一杯できることをやる。
「サンキュ、鮭! 確かにそうだよな」
「そうそう。そうと決まれば早速……」
「ちょっとタンマ!」
 腕を引っ張る鮭に抵抗し、俺は逆に腕を引き戻した。
「は?」
「いや、そのすぐ本番っていうのは、ほら、緊張するし……失敗するかもしれねぇじゃん?」
「はぁ?」
 いや、そんな呆れた顔するのもわからなくもないが、やっぱ告白となるとそれなりに緊張するもんなんだよ。心の準備ってものが必要なんだよ。
「あんたねぇ……どこまでヘタレなのよ。いいからさっさと行きなさい!」
「い、行く! 行くけども! その前に……ほら、そう、練習だ! 練習しよう!?」
 そんな睨むなって。やっぱ何事も練習は必要だと思うわけでして。
「ったく。しょうがない、一回だけだからね」
「おう!」
 しぶしぶ承諾する鮭に感謝しつつ、俺は無駄に姿勢を整える。
「じゃぁ、あたしを七香だと思って告白してみて。いい? 七香の顔を思い浮かべて、ほらっ」
 篠沢の顔を思い浮かべて……やべ、何かそれだけで緊張してきた。
「そ、その……ずっと前から、す、すす、好きだったんだッ!」
 よし、言えたっ!

 ガタンッ

「へ?」
 何だ、今の音?
 何かドアのあたりから……俺はガッツポーズを決めたまま首だけを動かす。
「あ、あのっ、別に聞くつもりはなかったんだけど……っ、二人を探してて、話し声が聞こえてきてみたらその……」
「篠沢?」
 今目の前にいるのは篠沢か? 篠沢なのか?
「まっずー……」
 目前で鮭が深いため息をつきながら零した台詞に、俺はこれが幻ではないことを悟る。
 つーことは、俺が練習で鮭に告白した場面もばっちり見られたと? 本人そんなようなこといってるわけだし。でも口ぶりからしてこれが練習だってことは知らないわけで……ってことはえーっと?
 つまり――――――ばっちり誤解されたと?
 途端、冷や汗が噴出してきた。自分の顔が青ざめるのが解る。
「ち、違うんだ、これは……ッ」
「ごめんねっ」
 叫ぶように篠沢が走り去っていく。
「ちょっ、篠沢!?」
 追いかけるように俺もその場を蹴ったが、屋上につながる階段を駆け下りた時には、篠沢の姿は廊下の人込みに紛れてどこへ行ったのか解らなくなっていた。


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