6.嫌い



 どうして、逃げたんだろう
 どうして、こんなに気にするんだろう
 どうして、『哀しい』なんて思うんだろう――――――




 マズイ。
 非常にまずい。
 例の練習告白目撃事件から篠沢が俺を避けている。明らかに避けている。
「全く見込みないってことだな」
「やっぱそう思う? 俺もそうおも……っておい!」
「一人突っ込みか」
 フンッと鼻で笑い、俺の背後から近づいてきた観堂が肩をすくめた。うわ、今の嘲笑すげぇムカつく。
「つーか、お前人の心ん中読むのやめろ」
「読まれたくなかったら顔に出すな」
 くっ……そんなに顔に出てるのか、俺。
「ちなみに一人でぼそぼそ呟くのもやめろ。気づいてないようだからいってやるが、全部声に出てるぞ」
「マジ!? おまっ、ちょ、それ早く言えよ!」
 かなり俺危ない奴じゃん。し、知らなかった。声に出てたなんて。
 もういろんな意味で落ち込む。そのせいか最近不眠症で体調もすこぶる最悪だしなぁ。
「さすがに顔色が悪いな」
「そうか?」
「生気がない」
 観堂が言うくらいなんだから相当ってことか。自分でも悪いとは思ってたけど、人目に解るほどだとは。
「ますますへこむなぁ」
「何だ? とうとう砕けたか?」
「砕けるって……でもまぁ、その方がよっぽどマシだったかもな」
 まだ、気持ちを伝えた上で玉砕する方が何倍もマシだ。まさか勘違いされてそのまま状態なんて、気持ちを伝えるどころか完璧誤解されて終わったなんて、こんなの最悪だ。
「……相当重症だな」
「聞いてくれるか、心友」
「あぁ、今すごくコーヒーな気分だ」
 ……つまり奢れってことか。素直に話し聞いてやるとか言えばいいのに、全く観堂らしい。でも、今はそれがすげぇ嬉しかったりするから、俺は素直に承諾して見せた。




「……と、いうわけでさ」
 一通りことの説明をし終えると、目の前に座った観堂はコーヒーの注がれたカップを手に持ったまま動きを止めた。次いで、眉間にしわを寄せて俺を見る。
「くだらんな」
「おい。心友が心底ダメージを受けてるってーのに、第一声がそれか? お前人情の欠片もないぞ、悪魔かっ」
「俺が言ってるのはそうなった後のお前の行動に対してだ」
「……どういう意味だよ」
「誤解された、もうダメだと悲観するばかりで物事を解決しようとしてないだろうが。今のお前は自分の不幸に縋ってるだけだ」
「それ、は……」
 解ってる、ホントは。でも、どうしたらいいのか解らないんだ。
 俺を避けてる篠沢を無理矢理捕まえて事情を説明した所で、彼女がすんなり理解してくれるとは思えない。むしろ状況は悪化しそうな気さえする。
 そんなことをウダウダ考えてると、どうしても前に進むことを躊躇ってしまう自分がいることにだって、気づいてる。
 そういう俺自身が一番汚くて、弱いんだってことも。
 解ってるさ。
「別に誤魔化し続けるのは勝手だがな。もう少し周りを見てみたらどうだ」
「え?」
「誤解された相手は誰なんだ。真央なんだろ?」
「あ、ああ」
「お前、最近真央と篠沢がいつものようにつるんでるのを見たか?」
 問われ、俺は記憶をフル回転した。
 そういえば、いつもみたく楽しそうにしている所を見てない。
 何でだ?
 俺が鮭のことを好きだと誤解されたから? でもそれだと、鮭のことを避ける理由にはならない。むしろ篠沢のことだ、よかったねー、なんて言ってすぐに食いつくはずなのに……それはそれで虚しいものがあるけどな。
「お前、もう少し自分に自信持ってもいいんじゃないのか」
「へ?」
「つーか、さっさと誤解解いて解決しろ」
「そーそー、でないとこっちが大迷惑だから」
「ぬお!?」
 突然現れた鮭に、俺は思いっきり叫び声をあげた。周りの客の視線が一斉に俺に向かい、慌てて愛想笑いで誤魔化す。
「全く。七香に誤解された挙句、あたしまで避けられちゃって……ホントいい迷惑だわっ」
「う……それは悪かったよ。つか、何でお前ここにいんの!?」
「何でって、呼ばれたから」
「は? 俺は呼んでないぞ」
「あんたじゃなくて流に呼ばれたの」
「え? 観堂?」
 ナチュラルに奴の隣に座った鮭と、観堂の顔を交互に見比べる。
「何? 何で?」
 ワケわかんねぇんだけど。何? 何で観堂そこで大げさに溜息とかついちゃってんの? おい、鮭も呆れた顔してんじゃねぇよ。
「これだからお前はダメなんだ」
「鈍感にも程があるわね」
「へ? えっ!?」
 そこでようやく悟る。ま、まさかっ!
「お前ら、まさか……いつから!?」
「もう二ヶ月近くになるわね」
「全く気づく気配もなかったな」
「に、二ヶ月!? 何ですぐいわねぇんだよ!?」
「言わなくても普通気づくだろ」
「気づくわよね」
 うっ……それは、その、自分のことで精一杯だったというか。俺は俺なりに自分の人生を精一杯生きようと……まぁ、認めてしまえば余裕がなかったってことですかね。
「あたしたちが付き合ってることにも気づかないんじゃ、自分のことに関してなんてもっと気づくわけないわよ」
「ある意味罪だぞ、その鈍さは」
「は?」
「ま、せいぜい悩むのね」
「後はお前次第だろ」
「え、ちょ、ちょっと?」
 言いながら席を立つ二人。ちょっと待って、何その話は終わったみたいな態度と空気。
 え? 俺置いてお前らどこ行く気?
「じゃ、あたしたちこれからデートだから」
「じゃぁな、ジョーイ」
「お、おい!?」
 置いてくの? ナチュラルに置いてくの?
 つか何それ? 見せつけ? 見せつけてんの!? イチャついてるところ見せつけてんの!?
「〜〜〜……っお前らなんか嫌いだ――――ッ!!」


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