7.好き
そんな簡単に諦められるなら、とっくの昔にこの想いに終止符を打ってる。 でも、それができないから今の今までズルズルと引っ張ってるんだ。格好悪く足掻いて、もがいて、悩んで。 傷つく事だってあるし、誰かを好きになることは楽しいことばっかじゃない。 それでも、やっぱり俺は篠沢が好きなんだ――――― 「お前らいいよな、幸せそうで」 「んぁ?」 目の前でいちゃつく二人に向かって大げさな溜息をつき、俺は肩を落とした。突然溜息つかれた二人は、俺をふりかえるや揃いも揃って迷惑そうな表情を浮かべる。 「うざいわね」 「人を羨む暇があったら抱えてる問題を解決へ導く努力をしろ」 「観堂の言うことは最もだけどなぁ……」 あえて鮭のコメントには反応を示さず、俺はまたさらに肩を落とした。 「問題は切欠なんだよなぁ。どう話を切り出すか、これってやっぱ大事だろ?」 「お前が抱えてる問題はいつも切欠を作れないことだな」 「ほっとけ」 言われなくても解ってる。 いい加減聞き飽きた会話に、俺は席を立った。 苛立ちがますのは、言われたことが全て図星だからだ。 逃げて、結果をおそれ何もしない俺自身を認めざるを得ないから。解ってると口では言っても、結局何一つ行動を起こせない自分にほとほと嫌気がさしてるから。 気分が悪い。 「ちょっと、もうすぐ授業始まるわよ!?」 「保健室」 「……サボリかよ」 見事に揃った二人の台詞が聞こえたが、この際聞こえないことにして、俺は一人教室を出た。 最近眠れないし、保健室で少し休ませてもらおう。 案外寝れば気持ちがすっきりするかもしれない。 「せんせー、気分が悪いから寝かして」 通い慣れた部屋の扉を開け放ち、遠慮なく中に入る。いつもなら怒声が飛んでくるはずなのに、今日はそれがない。そのことに違和感を感じ、俺は室内を見渡した。 「なんだ、先生いねぇのか」 どうやら留守らしい。まぁ、いいか。 勝手にベッド使わしてもらおう。 どうせここに来るたびまたサボリだろとか言って怒られるんだから、もう何したって同じことだろ。結局怒られる羽目になるなら。 俺は靴を脱いで、ベッドに潜り込む。 家じゃ静か過ぎて、厭でも考えてしまうけど、ここは適度にざわついていて眠りにつくには丁度いいみたいだ。相当寝不足だったらしく、眠気は途端に襲ってきた。 眠っている間は、苦しい思いをしなくても済むだろう。 俺は落ちる瞼を拒むことなく、睡魔を受け入れた。 人の気配を感じて、目が覚めた。 懐かしい声が聞こえた気がして。 「……?」 俺はゆっくりと上体を起こす。寝ぼけ眼で目を擦りながら、ベッドを降りた。 先生が戻ってきたんだろうか。あぁ、また怒鳴られるのか。 思いながら、カーテンを引く。 「先生?」 「え?」 薄暗い所から明るい所に出た反動で、光が目に眩しい。俺は咄嗟に目を細め、けれどいつもの保健室とは違った空気に顔を上げた。 「き……っ」 光に目が慣れて眼を開くと、そこには異様な光景が広がっていた。 「篠沢……?」 消毒液やら包帯、絆創膏やらが床に散乱している中に、ぽつんと立ち尽くした篠沢の姿。その姿を認めた途端、俺の心臓は強く脈を打ち始める。 何日ぶりだろうか。 こんなに近くで篠沢を感じたのは。声をまともに聞いたのは。 「あ、あの、わ、私……っ」 「何で篠沢がこんな所にいるんだ? まだ授業中だろ?」 「そ、それは……その」 尋ねた途端、まるで隠すように篠沢が自分の左手を右手で握りこんだ。 その手をよく見ると、転々と血の跡がついている。 「怪我したのかっ?」 咄嗟に手が出ていた。彼女の腕を引っ張り、左手を自分の顔に近づける。 「わっ」 見ると、指に何かで切ったような傷跡があった。傷自体はそんなに深くないが、出血はそこそこあるみたいだ。 「切ったのか。ちょっと待て、今消毒するから」 言うや、今の保健室の状況に納得した。 部屋が散らかってるのは、おそらく消毒液を探してのことだろう。保健室を訪ねたはいいが、先生がおらず自分で手当てする羽目になったため、消毒液を探す作業から始めたわけだ。でも結局見つけられず、部屋だけが汚くなった、と。 ここで一つ新たな事実を暴露しておこう。 篠沢は物探しが恐ろしく下手だ。眼鏡を頭にかけておきながら眼鏡眼鏡と探すオヤジよりも性質が悪い。目の前にあるのに、シャーペンシャーペンと探すほどのレベルだ。篠沢ヴィジョンでいくと、そのシャーペンは視界に全く入っていないのだろうが、傍から見れば何をやっているのかと突っ込まずに入られない。 「そこ座って」 「ぅえ? で、でも」 「いいから。傷が膿んだらどうするんだ」 「ぅ……」 シュンと項垂れ、諦めたように椅子に腰を下ろす篠沢を確認してから、転がっていた消毒液のビンを拾い、綺麗な脱脂綿と絆創膏を引き出しから出して俺も椅子に座る。 真正面に俺が腰を下ろすと、篠沢はさらに落ち着かない様子でオロオロと視線をさ迷わせていた。 そこまで俺のこと避けなくてもいいじゃないかと言ってやりたかったが、なにぶん俺もデリケートらしい。その仕草にガラにもなく傷ついてる自分がいて、苦笑の方が先に出てしまった。 好きな人にここまで避けられるとは思ってみなかったし、こんなにも苦しいことだなんて想像もしてなかった。 こんなに好きで、どうしようもないくらい好きで。 俺はそっと、彼女の左手をとった。 |